南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

減圧症未遂事件

最近のパラオは風が強い。聞くところによると、パラオだけではなくてグアムでも、サイパンでも、沖縄でもそうらしいから北半球みんな風が強いのだろう。天気は良いからまだよいのだが、それにしてもこの時期にこの風とは何ともおかしな天気だ。

僕らの仕事で一番嬉しいことはお客さんが喜んでくれること。だから天気といえども条件が悪くなってしまうことは辛いことなのだ。まあでも天気は仕方が無いことなのだが、それでもやっぱり心苦しい。

そういえば10日前から左肩が痛くなった。最初は少し肩が重いかな?くらいにしか思わなかったのだが、その痛みはだんだん強くなって3日目にはとうとう腕が上がらなくなった。当然タンクも痛くて運べないし持てない。何も持たずに左腕を肩の位置まで上げても力が入らず腕が下がっていってしまう。自分でも驚いた。

困ったことにこの痛みは水中に潜ると無くなった。水深15mくらいに行くと痛みがまったく無くなる。上がらなかった腕がグルグル楽に回る。しかしボートに戻ってくるとまた痛む。そう、この症状は減圧症のそれと似ているのだ。

「まさか?僕が減圧症?」

ここ数日そんな無茶なダイビングはしていない。ちょっと睡眠不足だけど二日酔いもしてない。思い当たる原因がない。でも、痛みがあることは紛れも無い事実で、僕はその減圧症の可能性を受け止めなくてはならない。その日最後のポイントであるジェリーフィッシュレイクに向かうボートの中で重くしびれる左肩を抱えながら「あーあ、チャンバー入るのかなぁ」などと考えていた。

再圧チャンバーは減圧症を治療する機械。大きな水道管のようなチャンバーに入って人工的に圧力をかけて体に残った窒素を抜くのだ。ただし、これに入ると6ヶ月間はダイビングができない。この繁忙期に、それも6ヶ月も抜けるなんて考えられない。それに今は肩だけの痛みだけど、症状がひどくなってガイドが出来なくなったらどうしよう・・・。頭のなかは減圧症とこれからのことでいっぱいになった。

考えたことも無かった。自分がガイド出来なくなるなんて。今まで当たり前に、そして普通だと思っていた健康。そしてその健康があるからこそ追いかけられていた夢。思えば今までずいぶんと無茶もした。もしかすると、今その全てが目の前から無くなるかもしれない・・・。もう潜れない?この仕事も出来ない?そう考えたら怖くなった。いろんなことが頭をよぎった。

そんな気持ちが弱気になっていても、ボートはジェリーフィッシュレイクに向かって進んでいく。あれよあれよという間に桟橋についてしまった。重い、痛い肩を抱えて、尚且つお客さんには笑顔でジェリーフィッシュレイクの坂道を登っていく。ここではスクーバは規制されていて使うことが出来ない。僕らはスノーケリングを始めた。湖の真ん中くらいまで来たときにふと左肩の痛みが無くなっていることに気がついた。

「あれ?・・・おかしいな・・・」

減圧症であるならば、水圧がかからないと痛むはずだ。水面でのスノーケリングで痛くなくなるのはおかしい。山のようなクラゲに囲まれながら必死で考えた。そして、一つの結論にたどり着いた。

「寝ている間に脱臼したんだ!」

僕はもともと小さいときから肩が弱く抜けやすかったのだ。きっと痛み出す前日の晩に寝ている間に肩を外してしまったのだろう。肩の筋が伸びている状態で重いタンクやお客さんの器材を運んだものだから、それがひどくなったのだろう。それなら全て合点がいく。水で痛くないのは、きっと水の中に入ると腕に浮力がかかり腕の重さで筋を引っ張らないからだろう。試しにその日の晩は三角巾をして腕を支えて、動かさないようにしてみたら痛みが止まった。そして翌日、試しにタンクを運んでみたら激痛が来た。ビンゴだ。

「よくないけど、よかったぁ」

こうして僕の減圧症未遂事件は終わった。今はオフィスで肩の筋が戻るまで静かにしている。脱臼程度で本当によかった。でもホント、ガイドが出来なくなったら僕はどうしていただろう?

今回の数日間は僕にとって「体の大切さ」を教えてくれる貴重な時間だった。現役ガイドとして存在できる幸せ。まだまだやれる。もっともっと頑張れる。いつもそう思っていたし、今もそう思っている。でも、これからは体をいたわることも覚えよう。大好きなガイドをし続けるために。そう心に決めた数日間だった。


秋野
秋野 大

1970年10月22日生まれ
伊豆大島出身

カメラ好きで写真を撮るのはもっと好き。でもその写真を整理するのは大キライ。「データ」が大好物でいろんなコトをすぐに分析したがる「分析フェチ」。ブダイ以外の魚はだいたいイケルが、とりわけ3cm以下の魚には激しい興奮を示し、外洋性一発系の魚に果てしないロマンを感じるらしい。日本酒より焼酎。肉より魚。果物は嫌い。苦手なのは甘い物。

ミクロネシア・パラオ

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