ガイドのつぶやき 海辺のエッセイ 豪海倶楽部  

第五話 シュクランブルー(前編)

忘れもしない1991年。この年は「湾岸戦争」が勃発した年であった。年頭にオーストラリアのロケを予定していたが、渡航自粛であえなく中止になってしまった。このフラストレーションが9月のレッドシー行きを決意させる発端となった。奇しくもこの年は、2年に1度開催される「CMAS総会」がシャルムエルシェイクで行われる年であった。

何もGLUF WARが展開された中東へ行きたいと思うダイバーは少ない。しかも、近隣のペルシャ湾では、重油に塗れた海鵜がドロドロになっている映像がテレビに映し出されている。あの夢のように青く美しい「レッドシー」が終わるかも知れないといった漠然とした恐怖感が、逆にここに赴かせたのかも知れない。対岸の火事を見に行ったのではなくて...。

20時間近いフライトを経てカイロに着き、国内線に乗り継いで、一気にシャルムエルシェイクを目指した。早朝に到着したカイロの空港は、何がなんだか?さっぱり分からない。兎に角セキュリティーチェックが厳しかったことだけは記憶しているが、誰に何をどうやって聞いて、ドメスティックのターミナルへの道を急いだか?も今となってはスッカリ覚えていない。乗り継ぎまでの時間が殆どなく、ダイビングバッグを転がしながら、暑くなり始めたアスファルトの上を走った記憶が、アビーロードの横断歩道を渡るビートルズと重なる。表示らしい表示が見当たらない...。多分、6人くらいの人にシャルメルシェイク行きの搭乗口を聞いたが、指で方向を示すだけで、何番ゲートと言ってくれない。後になって知ったことだけど、ここでは表示されない国への渡航があるため、それを大ピラに口に出来ないって事があったらしい。どうもイスラエル行きの飛行機の時間と近かったのかも知れない。

さて、国内線に乗り継ぎ、飛行機に乗ると...コクピットでパイロットが煙草を吸っている。しかも扉が開いているから...座席から丸見えだ。人には散々煙草を吸うな!と言っておきながら、ふざけるな!って思った。しかも、停止機内での喫煙は、航空法(確か、こんな名称かな?)で厳しく制限を受けている。このルーズさに...脱帽! ちなみに、パイロットの友人に聞いたら...ありえねぇえ!そうだ。

薄らとブラウン運動を繰返す煙と伴に、一路シャムエルシェイクへ飛んだ。窓下の風景は、もちろん砂漠! 幹線道路がナスカの地上絵のように描かれていた。空港へ迎えに来ている車には全部ワイパーが無かった。正確には、この地域にある車の99%はワイパーが必要ない。使う事が年に1度あるか無いかだからそうだ。

世界に名だたるリゾートホテルを通り越して、迎えの車は現地資本のホテルの前に止まった。夜景に浮かぶ、ライトアップされたホテル群を目前に、質素なつくりの宿泊先は、金額に見合わない日本人向きであった。一体、目の前に広がるホテルには、いくらのお金を積めば泊まれるのだろうか?

きっと、積むお金の問題ではないんだと気が付いたのが、2度目に行った丁度フランスのワールドカップで盛り上がるシャルムエルシェイクのスポーツバーで、サッカーの観戦をした時だった。泊まれる人しか、泊まれない。そこまで達していない人が泊まっても、それは泊まらせてもらっただけで、泊まった事にはならないのだ。この違いは、ヨーロッパ社会では、非常に重く感じる。(次号へ続く)


鉄
鉄 多加志

1965年生まれ
清水出身

生まれ育った環境が、都市部?の港湾地域に近く、マッドな環境には滅法強く、泥地に生息する生物を中心に指標軸が組み立てられている(笑)この業界では、数少ない芸術系の大学出身で写真やビデオによって、生物の同定や生態観察を行う。

通称「視界不良の魔術師」
静岡・三保

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