八ック謎ナゾ生命体 豪海倶楽部  

パイプのけむりから

團 伊玖磨(だん・いくま)という名前を聞いて、何を思い浮かべますか?

私たちに最も馴染みのあるものを挙げるとすれば、童謡の「ぞうさん」。

ぞうさん、ぞうさん、おはなが長いのね。
そうよ、母さんも長いのよ。

この作曲をしたのが團さんです。子供の頃は作詞家が誰とか作曲家が誰かなんて何も気にせず歌っていたから、大人になっても知らないままだったりしますよね。

少し音楽に精通している方なら、オペラ「夕鶴」を思い浮かべるかも知れません。

私は、音楽家であるということは何となく知っていたというだけで、何を作曲した方なのかは全く知りませんでした。活字でお名前を目にした記憶があるのは、文庫本の背表紙、「パイプのけむり」。元々1964年から始まったアサヒグラフの連載で、なんと廃刊になるまで37年間も続いたのです。連載回数は1842回、これを文庫本にしたのが27巻。本業をエッセイストとしている人でも、こんなに大量のエッセイを連載できた人っていないんじゃないかしら?

どうして、團さんの話になったかと言うと、先日「黒砂」へ出かけたとき、高台から團さんの白いアトリエが見えたからなのです。

「黒砂」は、島の人は「くろすのう」と読んでいます。島の南西側、ダイビングポイントで言うと「乙千代が浜」の少し北側の断崖絶壁の上にあります。「乙千代が浜」からも見えるのですが、断崖絶壁のてっぺんの部分だけ、黒い砂が積もっています。遠くから見ている分には良いのですが、行くには少々危険が伴うため観光にはあまりお薦めできません。高い場所にあるので風が強く、傾斜がきつい砂地なので滑りやすく、間違えば崖下の海へ墜落してしまいます。

写真の右上の方に、小さく人影が写っているのが見えますか?

視界を遮るものが無いので見晴らしは良く、北側を見ると八丈小島、南側を見ると末吉へ続く海岸線。

こんなにも風当たりが強く、そして傾斜している場所に、どうして砂がたまったままでいられるのかが、とても不思議です。実は砂はがっちりと固まっている、というわけではありません。

実際、私たちが歩いていると、ずりっ、ずりっと、足が沈み込みます。途中で転がしてしまった石は、ころころと坂を駆け下りていきます。黒砂の斜面は突然途絶え、その先には何も無い、正真正銘の崖っぷち。なぜ長い間、この場所にだけ黒い砂が堆積したままなのでしょう? そして、この黒砂が堆積しているのは岸壁のほんの一部分なのです。

観光にはお薦めできないと言いながらも、ここにいたる道は割ときれいに整備されて往来がしやすくなっています。車を駐車できる場所から、歩いてほんの10分程度。

そして帰り道。坂を下る途中、家並みの中に、ひときわ白くてカーブを描いた建物が目に入ります。これが團さんのアトリエ。もちろん、アトリエからも黒砂が見え、仕事に疲れた時には散歩をしたことを書き残しています。

たまたま、私は学生時代に、伊豆の葉山にある團さんのご自宅の前を通ったことがありした。よく晴れた日で、伊豆の青い海に白い家が美しく映え、「有名人って、こういう別荘みたいな家で日常生活を送っているのね…。」と思った覚えがあります。それが、八丈に来て間もなく、まだ團さんが生きていらっしゃった頃に、今度はアトリエに連れて行ってもらう機会がありました。アトリエは、作曲や執筆をするだけではなく、ちょっとした野外コンサートを開催できるよう、とても広くゆったりと作られています。自宅もアトリエも、青い海のそばの白い建物。よほど海がお好きなのね…と普通は思います。

ところが、私がたまたま手にとって、たまたま開いた「パイプのけむり」の、あるエッセイには、こんなことが書いてありました。海水浴など、海の中で遊んでいる人の気が知れない。海水は雑菌でいっぱいだ。そんな中に浸かるなんて。

ええっ!? と思わず、声を挙げそうなくらい、驚きました。

もっと早い時期に本を読んでいれば、お目にかかった時に反論できたのに!

「黒砂」からの帰り道、そんな悔しさを思い出して、思わず一人で笑ってしまったのでした。


水谷
水谷 知世

昭和40年代生まれ
兵庫県出身

一見、負けず嫌いで男勝りというイメージだが、実は繊細な女性らしい一面を持つ、頭の回転はレグルス一番!!の頼もしい存在である。(レグルス親方・談)

伊豆諸島・八丈島

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