南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

太古の海から

私の貝のコレクションの中で、とても貴重な貝の一つに『オウム貝』がある。個性豊かな造形美を誇る貝の中でも一段とユニークな形と構造をしている。オウム貝とは、貝殻の形が、白いくちばしのオウムに似ているところからこの名前が付けられている。英語名は、『ノーチラス』と呼ばれている。

『生きた化石』とも呼ばれるこの貝は、5億年も前にこの地球上で繁栄し、今も南の海の深海に希少種として生息しているとても珍しい生物だ。生きているものは、貝としてではなく、イカ・タコの仲間として分類される。生きているものを『オウムガイ』、死んだ貝殻を『オウム貝』として区別している。

生きているオウムガイは、殻の中に多くの隔室を持ち浮力を調整し、深海から浅海を自由に行き来できる特殊な機能・才能を持っている。死んだ後のオウム貝は、この多くの隔室のお陰で海面に浮き、洋上を漂い、世界の海を旅する。英名の『ノーチラス貝』はここから来ている。ノーチラスとは、海洋を旅する水夫を意味するギリシャ語だ。ジューヌ・ベルヌの『海底2万里』に出てくるモネ艦長の『ノーチラス号』、そして、世界初のアメリカの原子力潜水艦『ノーチラス号』もまた、この類まれな機能をもつオウムガイの英名『ノーチラス』から取ったものだ。

死んだあとの貝殻は希少な貝として、収集家の間でもとても人気があるだけでなく、生物学会の中でも貴重なものとして重宝されている。日本各地の生物学界の報告にも、時折海岸に打ち上げられたオウム貝の発見報告があり、いずれの場合も何億年も前に繁栄した生物の生きた化石として大変な話題となっている。

今、私の貝のコレクションの中には、このオウム貝が3個並べられている。最初の1個は、現地人から入手した物で、2個目は無人島の海岸で、自分で見つけたものである。そして最後の3個目が、なんと、疾走するボートの上から洋上で発見したものだ。深海を出て、水夫の如く海洋を旅するオウム貝を洋上で発見するという、非常に珍しい出来事に遭遇したのである。

それはつい最近の出来事で、新婚旅行の御客様をシュノーケルツアーにご案内して、無人島めぐりをしていた時の事だ。疾走するボートから次々と変わって行く海面を見つめていた私の視野に、おやっ? と思われる浮遊物が目に飛び込んできた。最初は木の葉っぱか何かが漂っているのかな? と思ったが、通り過ぎたボートの中で残像を見つめる私の脳裏に、瞬時のうちに『ノーチラスだ!』と言う言葉がひらめいた。

すぐさまボートオペレーターのコケに大声で、『戻れ!ボートを戻せ!』と怒鳴っていた。コケは何の事だかわからず『?・?・?』と首をかしげている。いつもこんな状況の時は、御客様の帽子が飛んでしまったとか、何かがボートの中から海上に飛んでしまった時なので何事も無く、口笛を吹きながらボートを操縦していたオペレーターのコケには何が何だかわからない。それでも私が必死に叫ぶので、すぐにボートを今来た方向にターンした。

『何だ! 何があったんだ?!』とコケが私に叫んでいる。

『貝だ! 貝が浮いている!』
『何! 貝! 貝だって!?』
『そうだ! 貝だ!』

2人共、エンジン音に負けないように大声で叫んでいる。

『貝!? 貝??』と、コケはまだ納得が行かないらしくボートを走らせながら私に怒鳴っている。

『そうだ、貝だ! ある種類の貝だ! こいつは死んだら海に浮くんだ!』

私は自分に納得させるように、大声でコケに叫んでいた。このやり取りの一部始終を見ていた新婚さんは、一体何が起こったのかと、いぶかしげに私達を見ていたものである。

もと来た方向にゆっくりボートを走らせながら、食い入るように私は海面に目を凝らした。ボートの波で水面下に沈んでしまったのか? いや、そんな事は無い! 今まで浮いていたんだから・・・。そんな事を考えながら必死になって記憶を辿りながら『ノーチラス』の行方を追った。あった! チョット離れたところに、私の残像そのものに、そいつは波間に見え隠れしながら漂っていた。ゆっくりとボートを進め、掴もうとすると、ちょっと触れただけですぐに水中に落ち込んでいった。飛び込みたい衝動に駆られながら、それでもまた浮き上がって来るのをじっと待った。ゆっくりと、ゆっくりと、そいつは再び水面に顔を出し、プカリプカリと波の間で浮き沈みしている。その浮力はプラスでもなく、マイナスでもない。正に浮力ゼロの中性浮力を保ったままの世界で、彼はこうして大海の旅をしてきたのだ。慎重に手を伸ばし、オウムのくちばしに似た貝の口を掴み、ボートの中に持ち上げた。かなり長い間、洋上を漂っていたらしく、私がこのオウム貝を手にした時にはすでに、貝の廻りに小さな海洋生物が付着していた。

ノーチラスだ! オウム貝だ!自然と顔がほころぶのが自分でもわかる。そばにいた新婚さんに、この貝の事を説明してあげる。新婚さんの旅の記念にそのまま差し上げようか、との思いも脳裏をよぎったが、ここは私の貴重な想い出としてそっと両手に包んだ。

このような貝のコレクションは、南の島に住む私にとって大きな楽しみの1つである。私の出身は長崎県の対馬で、小さい頃から海と貝殻には人一倍興味を抱いていた。絵を描くことが大好きな父が、近くの海岸から拾い集めてきた貝のかけらを、『拾い集めた・美』と称して楽しんでいたのを、子供心に『ああ、貝っていいもんだなあー。。。』と思たりしていたのを思い出す。私も小学生の頃、海から集めてきた宝貝で、工作を作ったり、貝を収集したりして、夏休みの宿題に提出したりしたものだった。

そんなある時、今はもう亡くなっていない叔父が、ほぼ完全体のオウム貝を拾ってきて、当時大きな話題になった事があった。その時のオオム貝発見のニュースは、それまでオウム貝については殆ど知識も関心も無かった私に、大きな興味を抱かせる事となったのである。そして今私は、この太古の海の遣いが生息する南の海に住んでいる。こんな私にとって、オウム貝に対する想いにはまた格別のものがある。

遠い遠い地球の過去・・・。

5億年という気の遠くなるような地球の古代の海に繁栄し、今もその末裔たちが、深く暗い海に営々として生息している。古代の海と現在の海を繋ぐ唯一の生き物・・・。そんな貝の1つが私と遭遇したのだ。新年の夢や希望を頭に描きながら、移り行く海面を見つめていた私への海からの贈り物だ。深海に生まれ、海洋を漂い、長い長い旅の末に私と邂逅した・・・・。3個目のオウム貝は、長旅の疲れも癒して、今、私を見つめている。

太古の海から・・・。  ー 海からの贈り物 ー

チューク諸島
末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

ミクロネシア・チューク諸島

現地法人
トラックオーシャンサービス

P.O.Box 447 MOEN CHUUK
STATE F.S.MICRONESIA
#96942
Tel/Fax:691-330-3801

www.trukoceanservice.com
Suenaga@mail.fm
© 2003 - 2011 Yusuke Yoshino Photo Office & Yusuke Yoshino. All rights reserved.